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穴が恐怖を引き起こす?

  • 白井理沙子(Risako Shirai)
  • 2016年5月13日
  • 読了時間: 5分

説明の難しい恐怖症:トライポフォビアって? ヘビ恐怖症や注射恐怖症、高所恐怖症など、私たちが「恐怖症」と呼ぶものは非常にバラエティに富んでおり、恐怖症の背景にある原因解明は非常に難しいと言われています。中でもこの論文は、「説明できない恐怖症」として、トライポフォビア(trypophobia)に焦点をあてています。これは蓮の実や泡など、密集した穴の集合体によって引き起こされる恐怖症です。この恐怖症の特性としては、脅威な対象が映り込んでおらず、無害であるように見えるにもかかわらず、不快感を生じさせるという点です。

トライポフォビアである人たちはどのぐらい? 「なぜか不快」に感じるトライポフォビアですが、どれほどの人たちがこの恐怖症を持っているのでしょうか?著者らは286名 (男性:91名、女性:195名; 年齢の範囲約18–55歳) に蓮の実の画像を見せて調査を実施しました。その結果、10名の男性 (11%) と36名の女性 (18%) が「非常に不快であり、見るのも嫌である」ことが明らかになりました。それでは、このトライポフォビアの原因は何なのでしょうか?次項ではその原因の背景にあると考えられる統計的特性について説明します。

視覚的な情報にひそむ統計的な特性 画像を構成する要素には、色や明るさなど、様々なものがあります。その中で今回の論文に最も関係しているのは、空間周波数と呼ばれるものです。空間周波数とは、画像の単位あたりに含まれている周期的な波の数をいいます。少し考えにくいかもしれませんが、全ての画像は、様々な周期を持った波の足し合わせによって私たちにある特定の見えを提供しています。一般的に、画像がどのような波をどの程度持っているのかを分析すると、図1のような関係性になることが知られています。これはつまり、一般的な画像が周期の長い波であるとその量は多く、周期の短い波であるほどその量は少ないという統計的な特性をもつことを示しています (図1)。これまで様々な研究で、この統計的な特性から逸脱したような特性を示す画像は、不快感を喚起させることが報告されています。著者らは、トライポフォビアもこの一般的な特性からの逸脱によって引き起こされるではないかと考えました。

図1. 空間周波数とそのエネルギー量の統計的特性を簡略化したもの.

“なぜだか不快”の原因を探る トライポフォビアは統計的な特性から逸脱? 著者らはトライポフォビアを喚起させると言われる画像と単なる穴の画像の分析をし、トライポフォビアがこの統計的な特性から逸脱した画像であるかを調査しました。その結果、トライポフォビア画像の統計的特性は95.7 %、穴画像の統計的特性は97.9 %、図1で示したような線形関係に適合していることが示されました。どちらの画像も高いパーセンテージであるように見えますが、トライポフォビアの画像は中程度の空間周波数帯域でエネルギー量が高くなっており、トライポフォビア画像の方が一般的な特性から逸脱していることが明らかとなりました (図2)。また、トライポフォビア画像と、穴の画像の不快感について比較すると、トライポフォビアの方がより不快であることも示されました。なぜこの統計的な特性から逸脱している状態が嫌な感じを引き起こさせるのでしょうか?著者らはその原因として毒性生物に焦点をあて、さらに分析を進めています。

図2. トライポフォビア画像と穴画像の統計的特性を示したもの。実線が穴画像、破線がトライポフォビア画像である (Cole & Wilkins (2013)に掲載されているFigure 2)。

トライポフォビアの画像は毒性生物の画像特性と似ている? 著者らは実験をするうちに、トライポフォビアを引き起こす人が、毒性生物に対しても嫌悪感を引き起こしているということを発見し、毒性生物の画像分析をおこなうことで、トライポフォビアの原因を解明できるのではないかと考えました。

図3.毒性動物の画像と非毒性動物の画像の統計的特性を示したもの。実線が非毒性動物の画像、破線が毒性動物の画像である(Cole & Wilkins (2013)に掲載されているFigure 3)。

毒性生物と非毒性生物の画像を同様に分析した結果、毒性生物の画像がもつ統計的な特性は99.1%、非毒性生物の画像がもつ統計的な特性は99.6%が図1で示したような線形関係に適合していることを示しました。さらに、トライポフォビアの画像と同様、中程度の空間周波数帯域での高いエネルギー量がみられました。ここで重要な点は、この特性がトライポフォビア画像の結果と類似していたということです(図3)。

穴が恐怖を引き起こすのはなぜ? これまでの結果をまとめると、統計的な特性からの逸脱が危険な対象を回避するためのシグナルとなり、それが不快感を喚起させ、トライポフォビアとして現れる、ということになります。私たちの物体を認識するまでの時間は遅く、危険生物に共通した単純な特性をシグナルにし、できるだけ素早く脅威の対象を検出することは、私たちの生存にとっても効率的に働くと考えられます。この論文は、不快感の原因を画像の持つ意味的な情報に求めるのではなく、目に見えない統計的な特性に求めた点で非常に独創的な研究であるといえます。ただ、なぜこうした対象に不快感を抱く人とそうではない人がいるのかはわかっていません。今後、トライポフォビア画像のもつ統計的な特性だけではなく、画像の意味的内容や個人特性との関係性も考慮する必要があると考えられます。

引用文献 Cole, G. G., & Wilkins, A. J. (2013). Fear of holes. Psychological Science, 24 (10), 1-6.

白井理沙子;小川洋和ゼミM2)


 
 
 

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